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かみさマフィア

愚痴らせてください。

ぼくは京都に住んでいる。
京都は神社仏閣が多い街である。
我が家の周囲にも、神や仏と呼ばれるど偉い方々が
おわすお家がたくさんある。

気候のよい春秋ともなると、
ぼくは窓を開け放って寝るのが常だ。

そんなぼくが、37歳のおっさんとは思えない邪気のない
天使のような寝顔で朝寝を楽しんでいると、

「みょーーーー」

としか聞こえない珍奇な大合唱が
窓から侵入してくることがある。

「『みょーーー』って、なんやねん」

一瞬にして、ぼくのエンジェル・フェイスを鬼瓦に豹変させる、
鼓膜への訳のわからんこの言葉責めによって叩き起こされる、

そういう迷惑行為が二カ月に一度くらいの
間隔で週末に起こるわけだ。

副隊長CIA(部員ぼくひとり)による調査の結果、
これは近隣の寺が行う托鉢だか集団読経だか、

その類のイベントの仕業ということが判明した。

ぼくはか弱い人間に過ぎないから、仏相手にクレームなど
あり得ない。ゆえに、今も泣き寝入ることにしている。

また、京都は風水による方位学に則って設計された街である。
北に玄武、東に蒼龍、西に白虎、南に朱雀という

神獣が守護する土地、そういうことになっているらしい。

この西の白虎を象徴する松尾大社という神社が、
これまた、我が家の徒歩圏内にあるわけで。

神社であるから、これこれまたまた
各種イベントが盛りだくさん。

とにかく神輿、なにかあったら神輿、なにもなくても神輿。
四季を通じてワッショイ、ワッショイ。

まあ、ワッショイ、ワッショイは良いとしよう。

過日、ぼくは家族から自宅警備の任務を命じられた。
要は朝起きたら、ぼくしかいなかった。

義務感の強いぼくは、Tシャツ、短パン、
そして心に蝶ネクタイという一分の隙もないフォーマルないでたちで、
自宅警備員としての職務(≒テレビ観賞等々)を遂行していた。

昼を過ぎたあたり、そろそろ昼寝でもカマそうか、
そんな危険を帯びた任務に移ろうとベッドに身体を横たえた刹那、
不審人物の侵入を告げる警報装置(=玄関チャイム)がけたたましく
音を立てた。

寝ぐせ気味の頭を手ぐしで整え、「めんどくさっ」のマインドを押し殺し、
芝居がかった白々しいスマイルを準備してモニターの前に立つ。

町内会のおっさんだった。

なるべくなら、モニター越しのやり取りで済ませたかったが、
熟練の交渉術にやり込められたぼくは、
しぶしぶ階段を下りて玄関のドアを開けた。

二幕目の猿芝居。愛想の良い好青年を演じた。
やはり、近所付き合いは疎かにできない。

内心で舌打ちを連発しながら、笑顔で話に聞き耳を立てる。
ふむふむと首がもげるほど大げさにうなずきながら。

どうやら、次回の子供神輿のための寄付金を
せびりにお起こしになったということがわかった。

金額を伺うと、小銭で解決できるお話しではなかった。

「(寄付金なら、お断りすることも・・・)」

生来のセコイ気質が首をもたげかけたが、
あとで母親に話して、お小言を貰う予感をひしひしと感じた。

暫時お時間をいただき、財布を取りに部屋に戻る。

予想通り、昨夜の散財の名残りで、我が財布は火の車どころか、
燃える紙幣が一枚もないありさま。
役に立たない財布を握り締め、おっさんのいる玄関に戻った。

けっして、感じの悪いおっさんではなかったが、
他の家にも回らないといけないお急ぎの雰囲気と
「神様の代理で来ている」という微妙に強気な姿勢に、

「金がないから、帰ってくれ」であるとか、
「また来てもらえますかね」といった妥協案を、
か弱いぼくが言いだせるわけがなかった。

しかしながら、手に握りしめた財布はノーマネー。
もちろん、我が家の小口現金がどこにあるかなんて、
ぼくは知らない。

仕方なしに事情を告げ、ぼくはチャリに飛び乗り、
最寄りのコンビニまで全速力で金を降ろしにいくハメに
なったわけである。

音の速さでチャリを漕ぎながら、ぼくは思った。

「(なにが風水や!なにが神社や、アホ!)」

守ってるやってるから金よこせなんて論法、
ヤクザのみかじめ料と一緒ではないだろうか。

「(お金を出さなかったら、よからぬことが起こるかも
  しれませんよ・・・むふふふふ)」

なんて神罰を盾にした恫喝、
ヤクザの恐喝行為と、いったいどこが違うのだろうか。

賢いぼくは、このとき、神様とヤクザ屋さんが
本質的には一緒なのでは、という真理に気がついたわけである。

こうしてぼくは、泣く泣くヤクザの下部組織(=町内会)に
寄付金を上納することになった。

というのは、ウソです。
ブログを面白くしたいがための大ウソです。

本当は大喜びでお金を払いましたし、
あなた様のお役に立てると思うと嬉しすぎて、
コンビニまではスキップで行きました。

ですから、罰とか当てないでください。
神様、大好き。
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愛されたいなら、顔晒せ

今回は恋する、恋したいひとたちに
ぜひ読んでもらいたい。

過日、ぼくが読んだ本のある個所に
こんなことが書いてあった。

これは人間工学にカテゴライズされる実験らしい。
(ガチガチの文系なもんで・・・)

何人かの女の人の顔をなるべく無個性に撮影して、
そのうちの二枚を何秒間かアトランダムに男の被験者に
見せて、どちらが好きか聞く。

たとえば片方は3秒間、もう片方は5秒間という具合に
少しだけ見せる時間をずらして。

そうすると、長く見せた写真の方を好きだというひとが
明らかに多かったそうだ。

つまり、どういうことか。

この実験結果から、
ひとはその人のことを好きだと思うから
その人の顔を見るというよりは、
ひとはその人の顔を見ていると
その人のことを好きになってしまう。

このような傾向にあるということだ。

極端な言い方をすれば、
人間というのは、あるひとの顔をずーっと見ていたら、
外見的、内面的嗜好、好みにかかわらず
そのひとのことが好きになってしまう。

暴論のように聞こえるかもしれないが、
ぼくはとても的を射た実験結果だと思った。

このロジックに則っても、外見の美しい男性、女性の
色恋における優位性は変わらない。

ぼくにしても、好みの顔立ちをした異性と出会えば、
率先してそのひとの顔を見続けようとするだろうし、
皆さんも同じだと思う。

逆に、さして興味を惹かない外見には、
基本的に見向きもしない。つまり、顔を見ない。
ゆえに、恋愛感情が芽生えない。

しかしながら、人間は好ましい外見をした相手にのみ
恋をするわけではない。

初見はさして興味を持たなかった相手に
次第に惹かれていった。こんな経験ないだろうか。
ぼくはあります。

この場合は、それこそ星の数ほど理由があるだろう。

ふたりの間にドラマティックな出来事が起こった。
学校、仕事上の関わりにおいて、嫌がうえでも
相手と顔を突き合わせないといけなかった等々。

でも、どの場合においてもなにかのきっかけで
そのひとの内面を好ましいと思う瞬間があって、
その結果、そのひとの顔を直視するようになったから
恋愛感情が芽生えた。そう言うことはできないだろうか。

知性、優しさ、頼りがい、相手の好ましい内面に触れた
から、そのひとを好きになった。

そうではなく、内面はあくまで端緒、きっかけに過ぎず、
相手の顔をまじまじと見るようになったから
恋に落ちた。

この場合は、そう考える。

「うーん?」

なんて、頭をかしげてるひと。

人間なんて、嫌いなひとの顔なんて見たくもないでしょ。
嫌いではなくとも、興味のないひとの顔なんて、
見てるといってもほぼ無意識みたいなもんですし。
でしょ。

逆説をとれば、少しはふむふむってなりませんかね。

だから、好きな相手、振り向いて欲しい相手には、
自分の顔を見せ続ける。見てもらう。これでキメ。

それに先ほど、
男前、美人の優位性は変わらないと言いましたが、
彼、彼女たちの優位性なんて、
初めのとっかかりだけなんです。

要は、顔を見せ続けたものが勝つ。
簡単でしょ。

ただし、どうしたら相手がぼく、わたしの顔を
見続けてくれるのか。これは個々で知恵を絞ってほしい。

化粧、髪型、服装の露出を抑えて相手の目線を顔に
集中させるなんて小手先の技術を磨くのもありでしょう。

でも、『好意的に見てもらう』のが肝要ですから、
きらりと光るものを内に秘めることが、
やはり大切なんでしょうね。

「すべては、自分の顔をガン見させるため」

この着地点さえわかっていれば、
以前よりずっと物事がシンプルに
捉えられるようになると思います。

今はskypeなんて便利なものありますから、
遠距離恋愛も大丈夫。ビデオ通話で
ガンガン顔面を晒してください。

あと、
これは既に愛し合ってるふたりにも
充分参考になる考え方だと思います。

仲の冷めたカッポウ、冷え切った夫婦は
相手の顔を見てないでしょ。
ケンカするときも互いの顔を見ずにする。

だから、ずっと仲良くいるためには、
お互いの顔をきちん見て向き合えばいい。
ぼくは、あると思います。

好きになるのは、ひとりだけ


重そうな荷物を持って歩く婆ちゃんを
家まで送った。

ぼくの家のすぐ間近。
自宅を指さし、改めてあいさつをした。

頭をさげて、そのまま立ち去ろうとすると、
家にあがるよう誘われた。

丁重にお断りすると、

「いいから、おあがりなさい!」

ぼくは、回りくどいひとが苦手だ。
反面、直接的に物言うひとには弱い、
いい意味で。

リビングに通されソファに座り、
紅茶をごちそうになった。

いろんな話を聞かせてもらった。

きれいな婆ちゃんやな、と思っていたら、
御歳90歳だった。
おそらく、大正デモクラシー。

戦争でご主人を亡くしたあと嵐山に移り住み、
お茶とお花の先生をされていたこと。

背筋がきれいで、凛とした所作に
納得がいった。

子供はいないそうで、今はこの家に
独りで暮らしていること、などなど。

耳も遠くないし、老人特有の問わず語り、
同じ話の堂々巡りもまったくなかったので、
楽しく話すことができた。

「ご主人が亡くなられて、再婚しようと
 思ったことはなかったんですか」

「一生に好いたひとは、ひとりで充分」

ぼくにこう言い切った婆ちゃんの顔が
とても印象的だった。

婆ちゃんが、きれいな訳がわかった。

生まれた時代が違えば、考え方も違うのは
当たり前のことだと思う。

亡くなった相手を思い続ける生き方が、
いつだって正しいとも思わない。

人生はひとそれぞれだし。

でも、このひとの生き方は、
流れるときのなかでひとり、
ひとりのひとを想って生きてきた人生は、
とても素敵だと思った。

横にいる婆ちゃんの顔を眺めていたら、
そう思った。

「人生経験は負けますが、色恋の経験は
 ぼくの方が先輩ですね」

そして、独り身を嘆いてみせるぼくに、

「最近の女(ひと)は見る目がないわね」

「いえいえ。見る目があるからこそ、
 ぼくは独り身なのかも知れません」

ぼくの軽口にもよく笑ってくれた。

楽しかったです、そう言って帰宅したあとも、
ぼくは何度もこの日のことを思い返す。

独り住む爺ちゃん婆ちゃんが、
皆等しく青い孤独を抱えている
わけではないこと。

春を待つような気持ちで、
自分の人生の終わりを想うひとがいることを。

好きなひとにまた会う筋道、方法は、
いろいろとあるわけだ。

「好きなひとはひとりで充分」

何十年経たあとも、年老いた連れあいに
うっとりした顔でそう言ってもらえる男が
とても羨ましい。

叶うなら、ぼくもそうでありたいし。

しかし・・・「一生にひとり」、
これを考えると
ぼくはあと何回か生まれ変らないと
色恋の出番がないことになってしまう。

すでに、人生を何度か
先取りしてしまっている。

『今生では、おまえの色恋は
 もう打ち止め、残念でした』

無念だが、口惜しいが、
でも、それはそれで
ありのような気もする。

ただ、

「好きになるのは、一生にひとりだけ」

もっと早く教えてくれても良かったのに。

プッシュ
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そんなにオレが悪いのか

最近、どうもくどくどと無駄に
長文を連ねているので、今日は手短に。

耳かきは趣味といっていい。
数少ない趣味を奪わないでほしい。

手足の爪も自分で切れます。
他人に任せて深爪される恐怖
もあるし。

それどころか、
膝枕すら、してほしいなんて思わない。

そんな男だ。

でも、世の女性たちよ。
焼き魚の身は、優しくホジホジ
ほぐしておくれ。

いや、できるんですよ。

「魚を綺麗に食べ尽くせるか」
なんて、訳のわからん価値基準で、
人間性を判断したがるオッサン対策のため、
焼き魚の解体作業は、抜かりなくできる。

魚自体も嫌いじゃない。

しかし、普段使いで
あんな面倒なことをしてまで、
DHAを体内に放り込みたいとは、
どうしても思えないんですよ。

目の前に出された魚の「かま」部分を
2,3突っついて放置しておったら、
「ちゃんと食え」
やって・・・。

ぼくが食べなくても、
他のヤツらが美味しく食うだろうが。

そら、皿ごとスライドさせて、
「身を取ってくれ」
となるのが普通じゃないのか。

それを、甘やかされ過ぎだなんて。

魚の身くらい、自分発ー自分着で処理できる
男でいた方が良いのでしょうか。

うーん、やっぱり、
今日も長くなったか。

プッシュ
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浮気するひと

ある方から、浮気についてメールを頂いた。

少々味気ない返信になったかもと思い、
補足の意味をこめて、
日記を書かせてください。

まずもって、
ぼくは浮気をしたことがない。
まったく、ない。

だから、友人の話を引用させてもらう。

彼は、とても心の清らかな男だ。
彼の心は、いつも清流四万十川のように
心地よくせせらぎ、
シーズンともなると、彼のおだやかなる
心の水面には、天然もののアユが
ぴちぴちと跳ねるとか跳ねないとか。

そんな男の経験談であることを、
先に理解しておいてほしい。

学生の頃、彼は夜のクラブ活動に
献身的に身を捧げていた。

ある夜、
踊り狂う友人たちを横目にアルコールを求め、
ひとりカウンターの方に歩みを進める彼の二の腕を
見知らぬ女がむんずと鷲掴んだ。

振り返る彼に初見の女が、
「キスしていい?」
と官能の眼差しで言い放つ。

あいさつすら端折(はしょ)られた、
この単刀直入な見知らぬ美女の提案を
無下に断れる男がいるだろうか。

エロだけはなしに、
小粋かどうかという意味においても。

後日。

隣で眠る彼女の安らかな寝息を確認した彼は、
彼女を起こさないようゆっくりとベッドを降り、
ぎこちない動作で床に正座。
彼は、言葉にできない胸のささやきを
問わず語り始めた。

「(キミはアルコールという摩訶不思議な液体をご存知か?
あの琥珀(こはく)色は危ない、危険過ぎる。
先日、琥珀色の海にぼくの良心が溺れ死ぬという
それはそれは悲しい出来事があった。
今後は己の致死量を見極め、用法用量を間違えないよう
気をつけ・・・ます。
まことにもって、申しわけない)」

彼にとって、人生最初の土下座だったそうだ。

月日は流れる。

彼は、男女交際に飢えた獣(≒友人)たちの
人柱となるため、コンパに参加した。
ヨゴレとして。

率先して汚れ役に徹した彼の献身が功を奏したのか、
彼の隣に座っていたひとりの女性が、
その胸元にそびえるたわわな双子のお山を
彼の肩口にむにゅむにゅーぅっと
惜しげなく押しつけ話しかけてきた。

いつにも増してたれ下がる目じりと鼻の下を
気にしながらも、
「(もう同じ過ちは二度と犯さない)」
そう心に固く誓った彼。

彼は、心のなかにある彼女への想い、『愛の城』に
籠城(ろうじょう)して、押し寄せる欲望の波と
対峙した。

「(キミと築いた『ラブ・キャッスル』、
 ここに 引きこもっていれば、
 欲望など難なくやり過ごせるはず)」

そんな願いをあざ笑うかのように、
彼のバディに異変が起こった。

彼女のため、愛のため、心を固く閉ざした
彼の『天守閣』部分が固くなり始めたのだ。

間もなく、
膨張した『天守閣』部分から煙があがる。

そして、ついに『金のシャチホコ』部分が
口から煩悩(ぼんのう)の炎を噴き始めた・・・。

敵は我が内にあり・・・落城の瞬間だった。

後日。

大口を開け、ゆるみきった安心の表情で眠る
彼女のかわいいいびきを確認した彼は、
彼女を起こさないよう、
いびきのリズムに合わせてベッドを降り、
手慣れた動作で正座。

フローリングに額(ひたい)を擦りつけながら、
彼は、
けっして口に出せない胸のささやきを、
祈りを捧げるように問わず語り始めた。


「(『雪よ 岩よ 我らが宿り
 俺たちゃ 街には 住めないからに』
 
 あなた様は、『雪山賛歌』という歌を
 ご存知でらっしゃいますか?

山が高ければ高いほど、本能をくすぐられて
しまうのが山男の性(さが)。

また、
『娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ』
なんて唄もありますれば、そんな生粋の山男に
惚れてしまったあなた様にとって、
今回の出来事はある意味、やむを得ない
出来事と言ってよいのかもしれません。

今後、二度と『山』に登らない、近づかないことを
お誓いしますので、今回の件は、どうか、
なかったことにしていただけないでしょうか。

本当に、申しわけございませんでした)」

このとき彼は、謝罪の教則本に掲載できるほどの
見事な土下座ができるようになっていた。

のちに、彼の深夜のひとり謝罪は、
『王様ゲームという呪われた儀式をご存知か?』
『キャバクラなる小悪魔たちが集う悪の巣窟を…』
等々、シリーズ化されていったわけであるが、

そんな彼も、あることをきっかけに
浮ついた行動をいっさい慎むようになったそうだ。

それは、ある出来事に怒り狂った彼女に、
愛読書をマンションの10階から
100冊ほど投げ捨てられたからでも、
真冬に水風呂の中にたたき落とされたからでも
ない。

そのきっかけとなった出来事は
・・・これだぁ、1・2・3(ワン・ツー・スリー)

それはある日、
彼女も交えて、友人たちと親しく交わり話していた
ときのこと。

空気はムダに吸うだけ、まったく読もうとしない
アホ過ぎるひとりの友人が、彼女にむかって、
「コイツの浮気とか、心配したことないの?」
なんてクズのような質問をした。

それに対して、
「うん!そんなこと考えたこともないよ」
と言いきった彼女のきらきらした笑顔を
見た瞬間、
彼は、世界中のよごれモノを口のなかに
突っ込まれたような嫌悪感を己に感じたそうだ。

それは、大人が無垢な小学生を油断させて、
チビッ子の大事なお小遣いを根こそぎだまし盗る。

そんな類の事件をメディアを通して知ったときに感じる
あのきわめて不愉快な気持ちに似ているのかもしれない。

自分を信じて背中をあずけてくれる相手の足もとを
すくうようなヤツは、卑しすぎる。

以来、彼は改心して、
「恋の七三分け(めがねキラーン)」
と呼ばれるほど実直な人間になったそうだ。

なにかを知る、経験することは大切だが、
でも、なにかを体感したときに、
なにを感じるか、なにを感じたのか、

こちらの方が、より大切なのでは
ないでしょうか。

それに、本当に大切なことは、案外、
何気ない日常の見過ごしがちなものにこそ、
宿っているのかもしれませんね。

「男はみな、浮気をするのか。
 浮気癖は治らないのか」
というメールをいただきましたが、
一般論を語るほど、知識も経験もありません。

皆さんにも楽しく読んでもらえればと思い、
いつも通りのふざけた文章ではありますが、
気持ちをこめて書いたつもりではいますので、
ナノ単位でも参考になることがあれば、
幸いです。

プッシュ
  ↓

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